東京高等裁判所 平成4年(ネ)1954号 判決 1993年11月30日
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
理由
一 請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがなく、《証拠略》によれば、請求原因4の事実が認められる。
二 本件の事実関係についての当裁判所の認定、判断は、原判決理由二の1、2記載のとおりであるからこれを引用する。
三 《証拠略》によれば、恵比須工芸社と控訴人との間の本件建物を含む土地建物の売買契約においては、売主たる恵比須工芸社は本件建物等について控訴人又は控訴人の指定した者に対し所有権移転登記手続をしなければならない旨の約定があることが認められる。
前記のとおり、恵比須工芸社と控訴人との間での昭和五五年一二月二五日に本件建物について売買契約が締結されているのに、昭和五六年三月一〇日付けで同建物についてされた本件仮登記は昭和五五年一二月二五日売買予約を原因とする不動産登記法二条二号所定の所有権移転請求権仮登記である。右売買契約においては特段の事情も認められないから、契約成立の時点において本件建物の所有権は控訴人に移転したものというべきであるが、右のような仮登記も順位保全の効力を有するものである。しかし、控訴人は、昭和五六年三月三一日までの間に恵比須工芸社に対し売買代金の残金を支払い、同社から本件建物について他の売買対象物件と共に仮登記に基づく本登記手続に必要な書類の交付を受け、他の物件については同年四月一日付けで本件仮登記と同一の内容の仮登記の本登記を経由したものの、本件建物については取壊しの予定であつたところから本登記手続を行わないままとしておいたものであり、その後、本件建物をコサカに売り渡した際、自らの意思により本件仮登記に基づく自己への本登記を経由することなく、恵比須工芸社から直接コサカに対し中間省略登記による所有権移転登記を経由する方法を採つたものである。そして、恵比須工芸社と控訴人との間の売買契約においては売主の所有権移転登記手続をすべき義務の履行につき前記のような内容の約定があるが、右約定の趣旨は、控訴人の指定した第三者に対して所有権移転登記手続をしたときにも恵比須工芸社の右売買契約に基づく所有権移転登記手続をすべき義務は履行されたことになるというものであり、その場合になお控訴人に対する所有権移転登記義務が残存するというような趣旨のものでないことは明らかというべきであるから、恵比須工芸社は本件建物につき控訴人の指定したコサカへの中間省略登記手続を行つたことにより右売買契約に基づく売主としての所有権移転登記義務の履行を完了したものというべきである。そして、本件仮登記における登記原因は昭和五五年一二月二五日売買予約と記載されてはいるが、そのような売買予約は元来実体的には存在せず、控訴人が恵比須工芸社に対し本件仮登記に基づく所有権移転の本登記手続を請求し得る実体上の原因は昭和五五年一二月二五日の売買契約にあつたのであるから、右コサカへの中間省略登記を経由したことにより右売買契約に基づく恵比須工芸社の売主としての所有権移転登記義務の履行が完了し、控訴人の右売買契約に基づく所有権移転登記手続請求権はその目的を達して消滅したものというべきである。したがつて、本件仮登記は既に実体上の原因を欠く無効なものとなつているものといわなければならない。
四 そこで、控訴人の抗弁について判断する。
1 抗弁1について
控訴人とコサカとの間に、控訴人主張のような合意が存在したとしても、前記のとおり、本件仮登記は実体上の原因を欠き無効となつているものであり、本件仮登記の実体上の原因と無関係な右合意によつて本件仮登記が有効となることはあり得ないのみならず、証拠上右合意を認めることはできないことは前記のとおりであるから、抗弁1はいずれの点からしても失当である。
2 抗弁2について
控訴人が売買残代金請求権を有する相手方はコサカであり、右代金債務と控訴人の被控訴人の対する本件仮登記の抹消登記手続義務とは履行上の牽連関係にあるものということはできず、控訴人はその主張の同時履行の抗弁権を被控訴人に対し行使することはできないものというべきであるから、抗弁2は失当である。
五 そうすると、被控訴人は、本件根抵当権による妨害排除請求権に基づき、控訴人に対し本件仮登記の抹消登記手続を求めることができるものというべきであるから、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 菊地信男 裁判官 伊藤 剛 裁判官 大谷禎男)